深夜の古新聞

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zoom RSS 緒方竹虎氏の死

<<   作成日時 : 2016/06/04 19:52   >>

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書物の上に祭壇
 遺産 簡易保険の六万円だけ


 黒リボンを巻いた緒方さんの写真の前に、ジャム付きのパンが一切れ供えてある。写真は昨年の選挙の時のもので、どこか笑いを含んだ元気な顔。前に「明徳院殿大道良観大居士」の白木の位牌。花輪も供菓も見当たらぬ簡素な祭壇である。
画像
 東京五反田の故緒方竹虎邸は、このあたりのお屋敷街ではいささか見劣りのする二階建て、六間のこぢんまりした家。
 故人が書斎兼応接間に使っていた階下の洋間が、そのまま仏間になってからもう一ヶ月。来る二日には二十五日忌がやってくる。
 緒方さんが亡くなったので、家人は琴未亡人(六四)、書生さん、女中さんの三人というさびしさ。琴未亡人が日に何回か、祭壇の前に立って灯明のロウソクの火と線香を絶やさない。
 緒方さんの生前、明け方の三時になっても、四時になっても、帰宅まで帯も解かずに、寝ないで待っていたという琴未亡人が、今でも毎朝、緒方さんが出かける前に食べて行った朝食のパンを、緒方さんの写真の前に供えている。
 緒方さんが急死した後、緒方さんの名義で残されていた貯金は一銭もなく、たった六万円の簡易保険だけが・・・。というのが知人や遺族の間の話題だったが、家も岡山に勤務中の長男一太郎氏のもので、緒方さんのものではなかった。しかも土地は借地。
 政党の幹部になったりすると、たちまちパリッとした邸宅を買うといった話を食傷するほど聞かされる中で、副総理、大政党の総裁・・・と歩んできた緒方さんが、自分の家すら持たなかったというのは、泥沼のハス一輪みたいに不思議な気がしないでもない。
 未亡人は「死ぬまで自分の家を持たなかったと笑われるかもしれませんが、実業家ではなかったのだから、お金がなかったのは当たり前・・・」だと言う。
 何しろ急なことだったので、緒方さんの書物も書類も部屋の片隅に寄せられ、その上に祭壇が作られた。造船疑獄、吉田内閣総辞職の頃、緒方さんが毎日書いた日記も、その中にまじっている。
 生前誰にも語らなかったどんな政界の裏話を、この”緒方日記”は秘めているのか。三十五日忌前に、当時首相だった吉田茂氏が大磯から出てきて、緒方さんの墓碑銘を書くそうだ。

 昭和31年2月29日 朝日新聞

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