猛り立つ檻の豹 少年を牙の下に

群がる人々は思はず顔をそむく
 大阪動物園の異変



 廿二日午後大阪天王寺動物園北園の豹の檻の前で、母親に連れられて見物中の少年長雄君(一五)が、高さ四尺余の人止めの鉄柵を乗越えて、檻の中に転がってゐる奉祝様マークを拾はうと右腕を鉄格子の間から檻中に差込んだので、見物人らが「危ない!」と叫んだ瞬間、コンクリートの山上にうずくまってゐた豹は好餌ござんなればとばかり飛鳥の如く飛び降り、長雄少年の右腕は豹の両前肢の鋭い爪の下に押へられてしまった。
 「助けてくれ!」と泣き叫ぶ少年の悲鳴。狂気のやうになった母親と見物人らは、少年を救はんと手に手に下駄やステッキを持って豹を殴りつけたが、野性を現はした豹の牙に同少年の紺サーヂ洋服をバリバリと引裂き、さらに一噛みといふ危機一髪。
 凄惨な場面に切迫したので群がる人たちは顔をそむけたが、急を聞いて駆け付けた同園技手が鉄棒で豹の口中や頭部を一撃。
 ひるむ隙にやっと少年を豹から奪ひ返し、直に市立市民病院で手当を加へたが右肩、背部、右腕に爪痕十五箇所。右肩が最もひどく深さ一センチ余、長さ三センチの爪痕が数箇所あり、治療三週間の傷でズタズタに引裂かれた紺サーヂの上着には豹の微毛が付着し、当時の物凄さを物語ってゐた。
 この豹はインド産の雄。大人になりかけの六歳で、昭和五年同年に購入され、愛嬌物の一つだが、去る十八日にも酔払ひ男が豆をやらうと檻へ掴まったところを引っ掻いた前科者で、今度は全く長雄少年がマークがほしいとばかりに豹のいることを打ち忘れて、飛び込んだ少年らしい行動からこの惨事を見たもので、動物園では観客の注意を喚起している。

大阪朝日新聞 昭和九年四月二十三日



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