同棲十年の良人を捨てゝ 白蓮女史情人の許に走る (4)

<<(3)より続く>>



春秋に上京の時
 散歩や観劇の楽しさ


 桜の咲く頃と、別府の紅葉がやゝ色づく頃になると伝右衛門氏夫妻は東京に出てくるのを慣はしとしてゐたその春の一日、加留多の一夜に追想(おもひで)の跡をたどって居た夫人は、伝右衛門氏と共にその年の四月早々上京した。
 白蓮夫人は

その翌る朝

実家柳原家に出かけると云って市外高田村雑司ヶ谷の宮崎君の宅へ密かに訪ねた。二人の前には最早何物も破壊の威力を揮ひ得ない程になって居た。久しく求めて得た愛の情熱は到底覚めがたい程に、極めて高きものであった。白蓮夫人の柔かな懐からはその日までは何人にも秘めた数多の手紙が取出された。女王を恋うて言い寄る、仇し男の数々の名があった。数年の間に夫人が

恋しと忍んだ男の名も

自ら告白した。
 それは元宮内省書記官松根豊次郎氏であった。白蓮夫人と宮崎君との偽りなき二人の告白は初めて美はしい恋愛と相結んで互いにいさゝかの蟠りもなく諒解を得たのであった。それから二人の伴れ立つ姿は、秋の夜の日比谷に、春の夕の銀座の賑ひに、時折見られた。ある夜は帝劇のボックスに芸術を語り合ふこともあった。

一年ただ二度の

逢瀬ではあったが、その間に往復の便りはいつも変わりなき真情の流露であった。無論歌に思ひを濃(こま)やかに含めては自由に合ひ得ざる窮屈さを侘しがって居た。ある時は京都の東山あたりに両人の姿を見たといふ者さへある。
 神戸あたりに、それらしい女王の姿を見受けたとも噂されている。特に若い人々の記憶に残ってゐるのは昨年の春「指鬘外道」を坪内博士の女婿飯塚法学士が主事となっている

創作劇場で

公演された時、恰度夫人は日本橋の末広に催された本読の集まりに出た。黒紋付の羽織をすらりと撫肩に流した夫人の蔭には良人と先夫人との仲に生まれた長女初枝子も来て居た。此の光景を思ひ出したものは成程と膝を打つであらう。

最後の手紙
 良人へ巻紙1本に認めて
  着物も指輪も悉く送り返す


 白蓮夫人が因襲的結婚の反逆者とならうとした決意は今度の上京を機として俄に固くなった。福岡を出発する以前、夫人は凡て一切後顧の憂ひなきやう

整頓を終えた


 そして永年侍らせた小間使にも他所ながら暇乞いをした。良人伝右衛門氏に恐るべき最後の手紙をも認(したた)めた。巻紙一本に細々と自分の伊藤家を去るべき理由を述べた。
 その内容はかなりに露骨に伝右衛門氏の愛なく理解なき態度を難じ、更に夫人に反感を抱く家族との精神的争闘に耐え得られぬ悲しみを述べてあるさふだ。
 かうして

東京への旅に

上ったが彼女が十年の過去に於いて伝右衛門氏から与へられた衣類も調度も一切を返却して仕舞ふ決心で、伝右衛門氏の福岡に帰った後追うて、身に纏へる一枚々々の絹物も三個のダイヤモンド入りの指輪も二個の真珠入りも、外に三個の金指輪も八つは、その長い手紙と同時に送り返すとかしたとか。
画像
宮崎龍介君(最近の写真)

<<(5)へ続く>>


東京朝日新聞 大正十年十月二十二日

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