死の記録を取る男
奇妙な遺書・服毒後の心理
12分のところで途絶
カルモチン自殺を企てて、毎分その効き目を記録しながら、12分後に気を失った男がいる。
雑木林の中に、年齢23、4歳綿セルあわせに羽織を着て、黒人絹の兵児帯にこま下駄といった職人風の男が、昏睡状態に陥っているのを付近で遊んでいた子供が見つけた。
王子署から係員が来て調べると、カルモチンを多量に服用してこんこんと眠っている。所持品はクロームの腕時計とガマ口に金2銭があるだけだが、膝の上に乗せてあった遺書らしき覚え書きが振るっている。
(前略)俺は今カルモチンを飲んだ。飲みにくくて、水を飲みながら、何分たったら筆が止まるか?
2分たった。何ともない。 口の中に泥でも入れたようだ。
3分たった。バットを1本飲む。ゲップが出る。
4分。まだ何ともない。ただラムネを飲んだときのようだ。
5分。タバコを盛んに吸っている。
6分。自分の書いたものを呼んでみる。
7分。飲んだカルモチンの効き目がない。
8分。これでは何にもならない。三原山行きとしようか?
10分。何ともない。おけさでも一つ唄おうか?
12分。「雪の新潟吹雪で暮れる佐渡は・・・」
と、ここで記録は途絶えている。身元照会中だが、相当重体であるので、行路病者として区役所に身柄を引き渡して回復を待っている。
昭和8年5月15日 東京朝日新聞
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