松澤病院で語る奇怪極まる事実

残忍な弟殺し事件
 いよいよ○三郎を取調べ


 残忍にして奇怪な殺人犯人谷口富士郎はいよいよ廿六日午前七時、札幌から警視庁の刑事に護送され、上野駅に到着することになったが、一方検事局では

事重大

とみて廿五日午後佐藤検事、山口予審判事それに警視庁から加藤警部が松澤病院に至り、入院中の○三郎につき数時間にわたって取調べを行った。
 ○三郎の自白は取調べの係官を戦慄せしむるものがあった。
 それによると
 
生活は贅沢で、帰るとダンスホールや玉突にほとんど入りびたりの有様であったが、ある日、富士郎と省次郎は喧嘩を始め、その時省次郎は富士郎に向ひ
 「大きなことをいふな。貴様はそこの婆(××はる)を殺しやがったくせに!」(老婆殺しの現場と奴等の住居とは数丁しかない)と、どなり散らした。
 その時以来省次郎は富士郎に
 「僕は兄貴のやったことをスッカリ知ってゐるんだ。だから僕はいつか必ず殺されるんだ」と語ってゐた

 その後○三郎が力功会から帰って庭口に入るや、ガラガラと電燈の破壊する音がしたので、驚いて家の中に飛び込んでみると、省次郎は口の中から血を吐きながら苦悶してゐるところであった。
 かくて富士郎は省次郎を惨殺したのであった。

さらに三人の命を狙ふ


戸野原父子と○三郎も
 殺さうと企て



 その後富士郎は北海道の実家に引き上げたが、何度か○三郎を殺害するかまたは精神病者にするかについて悩んだ結果、精神病者の方を選んだらしいが、その後折角幽閉同様にしてゐた○三郎の口から一切の犯罪が戸野原氏に打ち明けられ、これを知った戸野原父子は、この事を秘密電報で谷口氏にあて打つや、この電文を見た富士郎は流石に上京、ひそかに殺害の目的で○三郎および戸野原父子の身辺をうかがってゐたが果たさず、再び札幌に帰り米国に高飛びするため準備をしてゐたものである。
 

果して狂人か
 松澤病院では語る


 
 犯罪の発覚を防ぐ目的で精神に異状なき○三郎を松澤病院に押し込めたものとすれば、病院としても非常な失態で、責任者は当然処分を受くべき事柄であるので、警視庁医務課では早速事実の調査をなすこととなったが、当の松澤病院長松田○○博士及び新三郎係の医長阿部△△博士は廿五日以下の如く語っている
○三郎は当院にくる直前は親を殴ったかどで九段の少年審判所に送られた。その際嘱託の成田医学士が変質者と診断鑑定し、本年一月父親の捨次郎氏が同伴で入院を申し込んできた。本院としては十分監禁の要ありと認めて入院を許したので、その手続きは合法であると信ずる。病院としては入院当時から今日まで何等手落ちはなかったと信ずる


省次郎の死体解剖


 実弟省次郎の死体は二十五日午後一時から帝大において吉川鑑識課長立会の上、解剖に付したが、顱(ろ)頂骨は鈍重様の凶器で目茶目茶に乱打され、ほとんど原型を保ってゐなかったところからみても如何に残虐に凶行が行われたかうかがわれ、この手口から推して、老婆の死骸が同じく頭蓋骨が目茶目茶に鈍重様のもので乱打されてゐたので、この事件も同一犯の凶行であること間違ひないと見てゐる。

東京朝日新聞 昭和五年四月二十六日

事件概要参考リンク 
<<少年犯罪データベース>>


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